たおやかな毒

 これが、事の顛末です。私が彼に泣き喚く姿は大衆の目に晒され、ロイストンの噂になりました。メイブリックの娘は、気が触れてしまった。そう、人々の目に映ったのでしょう。皆、私のことを、妖精の逆鱗に触れた女だと呼びました。両親は私を哀れみました。私の幸福は、閉ざされてしまったのです。
 翌年の春、レイチェルはロイストンを永劫に去りました。彼は大学へ進学しました。そして学位をとり、卒業するとロイストンに帰ってきました。父、ロナルドの家業を継ぎ、とうとうあのお屋敷を我が物にしたのです。彼が私に求婚したのも、同時期でした。私に拒否権はありませんでした。気の触れた娘として知られてしまった私を娶ろうなんて酔狂な方、他に居ませんでしたから。両親は私の言い分をも聞かず、両手を挙げてこの婚姻に賛成しました。
 彼は、夫として模範的に振る舞っていたように思います。私を労わり、ある程度の自由を尊重しました。全ては、私を置いて円滑に進んだのです。

 結婚して暫くは、とりたてて書くべきことはないでしょう。年月が経てば娘を授かり、私は束の間の安寧を感じました。私譲りの金の髪に、彼譲りの目鼻立ち。成長するにつれて、彼女は幼い頃のレイチェルを彷彿とさせるものになりました。こうして私の娘は、心の拠り所になったのです。
 彼女が、7歳になった時のことです。お転婆な彼女は、いつもお屋敷の中を駆け回っていました。その日、お茶の時間にいつまでたって現れない彼女を心配し、私は談話室を飛び出しました。

「ベティ、私の可愛いベティ、どこへ行ってしまったの!」
「お母様、ベティはここよ」

 娘は、彼の書斎の前にいました。常ならば、書斎は鍵が固くかけられている部屋でした。その日は、偶然掛け忘れたのでしょう。扉はわずかに開け放たれ、中から埃っぽい匂いがしました。私は娘を抱きしめ、柔らかい髪を撫でました。

「お母様、苦しいわ!」
「ああ、ごめんなさい」

 私は娘を解放してやりました。彼女は非常に愛らしい笑顔を浮かべています。その顔を見るたび、私は胸がいっぱいになりました。

「ねえ、お母様。お父様の部屋に、すごいものがあったの!」
「あら、何かしら」

 彼女は誇らしげに、胸を反らしました。自然と頬が綻ぶのを感じます。

「ぴかぴか光る小枝があったのよ!」

 鼓動の音が、脳内にこだましました。まず我が耳を疑い、次に娘の言葉を咀嚼しました。ぴかぴか光る小枝。それは、間違いなく銀の小枝のことでしょう。全身の血が冷えていくのを感じながら、私は書斎に入りました。昼間だというのに、中は仄暗く、散らかっていました。ふと机の方に目を向けると、その上にあったのは、紛れもなく銀の小枝でした。その時の、私の衝撃ときたら! 

「とっても綺麗だわ!」

 横から、無邪気な声が飛んできます。私は恐る恐る銀の小枝を摘み上げ、よくよく観察しようとしました。ニコラスの心臓が止まった夜に見た小枝と、全く同じもののように思えました。



 その日から、私は妖精のことについて調べました。そうして、興味深いものを見つけたのです。それは、ロイストンの伝承を収めた書物の中にありました。古くから魔除けの効果がある、ローズマリー。その葉は、魔の物にとって毒であると。長い年月をかけて、その身を蝕むと。そう、書かれていたのです。
 それから毎日、ローズマリーを粉塵にしたものをほんの少量ずつ、夕食に忍ばせました。そして10年、待つことにしました。もしも、10年経っても何事もなかったならば。私は余生を、償いの意味を込めて、彼に心から捧げましょう。けれども、何かしらの変化が見られたならば。




 明日で、ちょうど毒を盛ってから、10年が経ちます。私は、本当に生きた心地がしません。これまでのことは、気の触れた女の妄言と思って下さい。自分でもよくわからないのです。彼は、ニコラスなのでしょうか。あるいは、全て私の……。




 ああ、ニコラスが私を呼んでいます。 




たおやかな毒、あるいは