幕間

「繰り返す、8月15日より任務開始」

 上官の言葉なんて、今の俺には耳に入らなかった。胸を躍動させる高揚感はいまだかつて体験したことがないもので、にやける表情を抑えることができず、手のひらで顔を覆う。会議が終わって、部屋から出ていく同僚数人を横目に、俺は椅子に深く腰掛けた。まだ、この余韻に浸っていたかった。
 腰にくくりつけたホルダーから、愛用のナイフを取り出す。愛用、と言っても戦場で使ったことはない。武器としては、あまりにも頼りなさ過ぎるからだ。それでも、俺はこれを持っていくことに決めていた。護身用、というよりは一種のお守りのようなものだ。

「部屋に戻らないのか」

 一人の同僚が話しかけてきた。誰だっけ。俺は記憶力に自信がない。必死に頭の中の引き出しを漁って、ようやく答えが出てきた。こいつ、この前の訓練で班が一緒だった。
 なんて、忘れかけたこととかはおくびにも出さない。人間関係のヒビは任務に支障が出ることを、俺は知ってる。

「ああ。興奮してきて」

 俺は笑いかけたというのに、同僚の男はあらかさまに顔を歪めた。

「お前、趣味悪いな。こんな仕事、皆投げ出したがっているのに」
「そうか? あー、でもそうかもなあ」

 俺たちは自ら志願してここに来たわけじゃない。国の上層部が、強制的にこの部隊に配置したのだ。皆嫌がってるけど、俺はこの仕事がわりと好きだ。だって、普通の人にはできないことを、俺達がやってのける。それって、すごく誇らしいことだと思う。

「一応言っておくけど、勢い余って目標意外には手を出すなよ」
「対象は全員じゃないのか?」
「何だ、話を聞いてなかったのか。完成体と特別個体は保護しろという話だぞ」
「ふーん。結局、出来上がったんだ」
「これで俺たちの仕事も終わりかもな」

 同僚が顔を綻ばせながら言った。そんなの、俺は嫌だ。

「でも、まだいろいろ後始末しなくちゃいけないだろ」
「そうだよな。まだ家に帰れないか」

 同僚が溜息をつく。そうだ、もう俺たちの役目も終わりに近づいている。そして同時に戦争も終わるんだ。俺も知らずの内に、溜息をついていた。