終わり

 全てが終わった。夜明けの空の下で、強くそう感じた。

 これは賭けだった。ほとんどの確率で、僕たちは捕まってしまうのだろうと覚悟していた。そもそも街から出るという計画を思いついたのは、気まぐれだったのだ。けれど、本心ではひどく自由に渇望していたし、彼女を欲していた。いつからだろう、こんなに彼女を手に入れたいと思ったのは。最初は、興味本位で接触してみただけだった。ある意味でもっとも純粋な個体である僕は、特別個体の命令は絶対的なものだ。だから、こんな化け物みたいな僕を手なずけられるって、どういう人なんだろうって思っただけで。彼女の両親は研究者だったらしい。皮肉なことに、研究者の子供は獣化症候群だったのだ。母片の祖母がそうだったらしい。だから、両親の研究により初めから彼女は特別個体であると、街に伝わっていた。


 徐々に、惹かれていったのだと思う。感情とか、よくわからなかった僕に、彼女はいろんなものを教えてくれたし、与えてくれた。研究者たちには大きな誤算だったんだろう、従順な僕が街を出るなんて裏切り的なことを考えるのは。

「終わったんだ」

 彼女が言った。今にも消えてしまいそうな声で、僕はすごく怖くなった。彼女がいきなり倒れる。死んでしまったのか。顔面が真っ青になっていくのを感じた。けれど、それは勘違いだった。僕はゆっくりと抱き起こす。彼女の体は小さく、そしてひどく脆い。

「陸さん……?」

 だから、死なないで。彼女は静かに目を閉じた。規則的な寝息。とても、疲れていたんだ。
 彼女には申し訳ないことをしてしまった。彼女に、妹を殺させるような真似をしてしまったのだ。けれど、そうでもしないと彼女はいつまでたっても、妹に依存するだろう。寺原海の存在は、僕にとって羨ましくもあり憎くもあった。この相反する感情の名を、僕は知らない。それで、いいと思った。彼女と一緒に、自由になることができたのだから。

 後ろには、あの忌々しい鉛色の壁が立っている。もう振り返らない。朝はもうすぐだ。